ザ・ゴルフィングマシーンを勝手に解釈していくよ

ゴルフ史上最大の奇書と言われる「The Golfing Machine」を勝手に解釈していくブログ。

TGMものがたり その1

TGMの内容に直接は関係ないのだけれど、この本の位置づけを正しく把握するのに役に立つと思うので、TGMがどのようにして生まれたかをまとめていくよー

ネタ本は以下だよー。原文で読みたい人はどーぞー。おいらが最初にTGMの原著と間違えて買ったやつだよー

まとめ部分はノーマルな日本語でいくよー

おいらの意見・感想は「よー的」な表現でいくよー

 

でははじまりはじまりー

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「もしやってみたいんだったら、プロにレッスン受けて見るか。レッスン代は出してやっから」

彼がもしこのゴルフ好きな、親切なビリヤードホールの店主のもとでコックとして働いていなかったら、そして店のすぐそばにインドア練習場がなかったら、ホーマー・ケリーはゴルフを始めることはなかったかもしれない。

5回ほどレッスンを受け、自分なりに練習も行い、ついにコースデビューの日を迎えた。1939年1月31日、ワシントン州タコマのメドウ・パーク・ゴルフコースにおいてである。

ケリー、店主とその友人、練習場のプロとの初ラウンドは58・58の116であった。

それから彼は半年間ラウンドをしなかった。

そして二度目のラウンドで、タコマ・ハイランド・ゴルフコース、6,147y Par72のコースで39・37の76でラウンドをするのである。

しかし彼にはなぜ自分が76でラウンド出来たかまったくわからなかった。その後何人のコーチに聞いても、「なぜ出来たか」に関する納得のいく説明は得られなかった。

この奇妙なゴルフの神様の気まぐれが、後の彼の人生を運命づけるのである。

 

TGMの著者であるホーマー・ケリーは1907年8月、カンザス州のクレイトンに生まれた。彼が5歳のとき、両親はミネアポリス郊外に移住した。彼は成長していくにつれゴルフ以外の様々なスポーツに携わるが、もっとも好きだったのはテニスだった。

1924年に高校を卒業し、2年間カレッジに通うかたわら様々なアルバイトを行う。しかし何をやっても彼の興味を満たしたものはなかった。

彼はマーク・トゥウェインの冒険小説に夢をはせて、貯金をはたいて保守的な中西部からリベラルな西部のワシントン州を目指した。ワシントン州タコマは太平洋に臨む港町で、彼はそこで商船のスタッフとして雇ってもらえる手はずだった。

彼がタコマについた1929年10月29日は、ブラック・チューズデーとして知られる株価大暴落のその日であった。後に世界恐慌のきっかけとなるこの事件は、約束されていた船乗りの職だけではなく、貯金、そして希望を奪い去ったのである。

彼は失意のもとミネアポリスに戻り、様々な仕事で生計を立てながら1933年、26歳のときに最初の結婚をする。

しかし1年半のち、彼は一人でまたタコマにやってくるのである。

そしてもっとも食事が安いという理由で、彼はジェームス・クックシーというオーナーが経営するビリヤードパーラーに出入りするようになる。

クックシーとホーマーは何やらウマが合うものがあったようで、クックシーは彼をコックとして雇い入れ、以降5年半にわたってホーマーはここで働くのである。

そしてゴルフを愛するクックシーから、それまで全く興味を持たなかったゴルフの手ほどきを受けるようになるのである。

 

いやーホーマーくん何をやっても長続きしない自分探し感が満載の人だねー

このあとさらにロクデナシの才能が開花するよー

にしてもクックシーさんっていい人だよねー


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