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第十五章 手首のアクション 解剖学的構造とグリップについて

本書ではこれまでのところ、グリップや、特定の手首、手、ナックルなどの配置について、科学的根拠に基づく主義主張を行ってこなかった。

一般的なゴルフの本に慣れ親しんでいる読者諸君にとっては、これはいささか風変わりに思えるかも知れない。つまり本書は「第一章:グリップについて」という始まり方をしていないからだ。残念ながら本書ではこうしたことは出来ないように思われる。個々のゴルファーにとってのモデルとしての側面から見れば、両手首あるいは両手の役目は、上方と下方のレバーの中間に位置する柔軟性かつ寛容性のあるヒンジとしての機能であり、そのアクションが発動することを容易にしているのであれば、どのような方法であろうとその個人にとってはベストな方法であり得る。従い骨格、筋肉群、あるいはじん帯などの動作がどれほど複雑であるとしても、それらは全てヒンジのアクションを再現するために使用されているのであり、それらはアクションの結果であって原因ではない。つまり個々のプレイヤーのグリップとは、そのプレイヤーのスイングの論理的帰結でなければならない。

 

手首のアクションはモデルのニーズに準拠したものでなければならない

一方、どのようなグリップあるいは手首のアクションであれ、以下のどれに該当してもモデルの条件に違反した状態、つまり「間違った」アクションになってしまう。

 

  1. とりわけバックスイングの始動時、もしくは、あるいは同時にフォワードスイングの開始時にクラブをプレーンの外に放り出してしまう。
  2. プレーンの中にスイングをとどめようして、スイングに何らかの複雑な動作を発生させることが必要となる。
  3. アクションのシーケンスに何らかの緩みが発生することにより、クラブヘッド動作の適切なタイミングが妨げられる。
  4. プレイヤーがクラブヘッドを目標方向にスクエアにする、あるいはボールおよびライに対して適切なアライメントを確保するための最善の状態を確保することに失敗する。
  5. 第十二章で論述した、センス、タッチ、フィールの大半をプレイヤーが獲得する事を妨げる。

 

上記に該当する明白に「間違った」グリップやアクションは、スイングに反応する手首の自由度を制限する点で極端な不利をこうむり、本来の可能性を発揮するためのバランスを崩壊させ、また適切ではないクラブフェースのアライメントを発生させ、プレイヤーは全体的なアクションの中でそれに対する補填行動を発生させることから、スイングの複雑化および脆弱化を招くことになるのである。

 

単純な結果のための複雑な関節

グリップについての議論を進める前に、手首の関節構造が異常に複雑で広範な用途に対応するように出来ているかについて知っておくことも重要である。手首では大量の小骨が動作可能であり、その配置によって我々は手首をほぼあらゆる方向に90°程度曲げることが可能である。さらにこの手首の構造に、前腕の二つの骨が相互に可動することによって肘から供給される「回内」「回外」といった動作を加えることができる。

15:1 左手首が「ロール」しているときの骨の動き。レントゲンでインパクトの前後を撮影すると上記のようになる。左前腕が「回外」(親指が目標方向を向いていく動作)するときは、前腕の二本の骨が交差した状態から平行な状態に移行することで行われている。

 

15:2 手首は単純な関節ではない。手首は手根骨という8つの小さな骨が、4つずつ2列に並ぶようにして構成されており、またそれらはじん帯によって強く結束された状態になっている。それぞれの骨の可動域はさほど大きくないが、全体として複合的に発生する動作は、コック、アンコック、あるいはバックスイング、ダウンスイングにおけるヒンジングの動作に最大限の柔軟性をもたらす。

 

プレイヤーが左前腕と真っ直ぐにクラブをしっかりと保持する方法は存在しない。しかしクラブを手、あるいは指で横断的にグリップし、小骨の可動域を利用して前腕とクラブが一直線になるように手首を曲げることでそのような状態に近づけることは出来る。

この動作は手首を極限まで「アンコック」させた状態となり、スイングにおいて手首の小骨の周辺に基本的なコッキングを行うための可動域を提供することとなる。これに加えて肘から下のローテーションを行うことでスイング全体のあらゆる状況に対応するロール、アンロールを自在に発生させることが可能になる。

15:3 左手のグリップ。手のひらを横断するグリップの置き方には、その必要性に応じて大きな拡がりがあるが、上図のように左手首を最大限にアンコックすることで、左前腕とシャフトがほぼ一直線になるようにす留ことも可能である。

グリップと可動域

どのようなグリップを採用するにせよ、手を強く握りしめた状態では手首の可動域の自由度は制限されてしまう。これは指を握る際に張力を作り出している腱(けん)が、肘から前腕を通じて指に到達しているからであり、これによって手首をいかなる方向にも曲げることを可能にしている。しかしこの際、これらの構造体は同時に相互にそれぞれの機能を制限する方向にも働く(コック、アンコックの動作は、背屈、掌屈よりはグリップによる可動域の制限を受けづらいが)。

表15:1 グリップを握る強さが及ぼす手首の可動域への制限について。この表は10人のゴルファーの手首の最大可動域を測定し、それを「最大握力」から少しずつ変化させたグリップでどのように変化するかを測定した平均値である。 

よってゴルフのアクションでは、グリップのテンションと、手首および手の筋肉を使用した動作の強さは、手首の可動域に直接的な影響を及ぼす。そのためプレイヤーは、自身のスイングに必要な、グリップの強さと手首の可動域を両立する最も効果的なコンビネーションを見つけ出してゆかなければならない。あるプレイヤーの手首の筋力は、他のプレイヤーに比べて遥かに強力かもしれないし、またあるプレイヤーは並外れて柔軟な手首の関節を持っているかも知れないのである。

 

いずれにせよ、クラブヘッドをスイングしていく上で、プレイヤーは、両脚、ボディ、両腕などの筋力によって創出されたパワーを、可能な限りシンプルな動作によって、この手首という非常に複雑な構造の仲介のもとボールに送り込んでいかなければならないのである。

手首のアクションそれ自体は、プレイヤーのどんなアクションをも支配することは出来ないか、少なくとも支配するべきではない。スイングとはハブの構造からクラブヘッドをスイングすることで機能しているものであり、両手首は各個人にとっての最も効率的な方法でこの本質に貢献する存在でなければならない。

 

グリップという妥協点

手首のアクションがどの程度モデルにそった形で下半身のピボット、あるいはヒンジの動作を再現できるかは、とりわけ手をクラブに置く方法、つまり採用するグリップの種類に依存している。これまでにも述べたように、我々は特定のグリップの優位性について事細かに説明する事は出来ないが、モデルのスイングを再現するのに最も有効である可能性を高めるための、いくつかの普遍的な指針が存在すると考えている。

どのようなグリップであっても、それは両手の様々な機能を最大限に発揮するための妥協点であるということはかなり明白である。モデルのスイングは、あるポイントでは背屈、掌屈を自在に行えることを要求するが、これは左手のみの筋力で弱くクラブを握っている際、あるいは右手が真上から左手の上にかぶさるようなグリップの場合に最も簡単に発生させることが出来る。一方で両肩、両腕、クラブという三角形の構造を支えるためには、またヒンジ量が大きくなった状態を最大限に加速してテコの原理を発生させるためには、両手のグリップは近づきすぎない方が効率がよい。しかしこれまた一方で、両手の間隔が大きすぎればバックスイングが極端にぎこちないものになる。

 

よってここでの最善の妥協点と考えられるのは、両手を重ねすぎずになるべく近づけるというもので、全てのプロが採用し、全てのゴルフ本が推奨している方法であることから、ここで詳細な説明を行わないことにする。

こうしたグリップのある一つのバリエーションが、ある他のバリエーションに比べて優勢があるなどと断定を行うことは出来ない。一般論として、右手が左手に対してオーバーラップする度合いが増えるほど、ヒンジングの自由度は増加する。ベースボールグリップのように両手を離していくほど、スイングの脆弱性を強化し、右手によるクラブヘッドの加速をスムースに行える。ヒンジングの自由度も、右腕によるアクションのいずれもクラブヘッドスピードの最大化に必要なものであるので、重要なことはその個人にとって、スピードと再現性の双方を最も達成しやすい妥協点を見つけることなのである。あるいはプロフェッショナルの助言が役に立つことはあるかも知れないが、究極的には各個人があらゆるグリップのバリエーションの「感触」を経験し、最善と思われるものを実験の繰り返しによって見つけていくことが必要である。

世界のトッププレイヤー達の大半がオーバーラッピンググリップを採用しているという事実は、単に鍛え上げられた最上級者の間ではそれが最も使用されている妥協点であるということに過ぎない。そうしたプレイヤーの手法を模倣することは自分に合ったバリエーションを発見するための良い出発点になるかもしれないが、プロよりも鍛えられていないアマチュアにとって最善であるとは限らないのだ。最近のアメリカにおける実験では、ゴルファーのグループに、オーバラッピング、インターロッキング、ベースボールのそれぞれでショットを打ってもらう実験を行ったが、どのグリップが他のものよりもパワー、再現性において優れているという実験結果は得られなかった。

またシャフト場でどの程度両手を回転させるか、つまりゴルフ的な言い方をすれば、ナックルがいくつ見えるようにグリップするかについても、実験結果は同様であった。両手の人差し指と親指で作られる「V」がどこを指すのかについては、一般的にはアゴと右肩の間を指すのが良いと言われており、ここから始めて見るのも良いだろう。実際上級者のなかでこのレンジを外している者は非常にわずかではあるが、こうしたわずかなバリエーションの違いのどれが最善であるかを感知する事が出来るのはそのゴルファー自身のみなのである。

 

注意点

グリップについての実験を行う前に、読者諸君には注意して欲しい点がある。先入観に囚われすぎないことだ。我々は誰でも、両手を右にターンすると、つまり右手が下、左手が上のグリップにするとフックになり、逆のことを行えばスライスすると何かで読んだ、あるいは誰かに言われたことがあるはずだ。こうしたことを文字通りに受け取りすぎないようにして欲しい。これらのグリップの変更を、基本的なスイングの変更を一切行わない状態で行うならば、確かに「フックグリップ」ではインパクトにおいてフェースがクローズになる(トゥが左を向く)傾向が強くなり、「ウィークグリップ」では逆のことが起きる傾向が強くなるだろう。しかしこれは純粋な左腕のみのスイングで起こっているはずだ。

もしこのスイングに右手が追加された場合、グリップの変更によって右手の働き方が変わることでスイングそのものが変わってしまい、想定とは真逆の結果になることがあるのだ。

 

例えば、強いフックグリップで右手がシャフトの真下にあるような場合、右手が左手を追い越していくのではなく、左手のプレーンにそってアンコックを行うだけの動作になってしまう場合がある。その結果クラブフェースをスクエアに戻すことが出来なくなり、つまりフックではなくスライスを発生させるのである。

反対に右手がシャフトの真上にあるようなグリップにすると、手首の返しの自由度が高くなりロールの強いスイングとなり、そのロールのインパクトまでの進行度にもよるが、フックが強くなることがあるのである。

つまり従来から言われている「フックグリップ」ではスライスが発生し、また「スライスグリップ」ではフックが発生すると言うことが起きうるのである。これらの現象は個々のプレイヤーがそれぞれのグリップのバリエーションをどのように感じているかに大きく依存する。

 

またこれに関連してよく言われていることで、非常に信憑性に乏しいと思われているものがある。「右手が強すぎる」とは、しばしばフックが強すぎるプレイヤーへの処方(あるいは自己処方かもしれないが)として知られる。しかし多くの場合、これとは逆のこと、つまり「右手が弱すぎる」ためにフックが発生しているというのが真実である。左手一本、あるいは右手一本で打つ練習を行っている多くの(というか大半の)プレイヤーは、左手一本(バックハンド)のスイングではフックが発生しやすく、右手一本(フォアハンド)のスイングではスライスが発生しやすいことに気づくはずだ。もちろん両手でスイングを行った場合、左手と右手の単純な合計や平均になるわけではない。しかし詳細な実験結果に照らしても、控えめに言って、右手が常にフックをもたらしている悪役というわけではないというのが今日までのところの事実である。

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