数多のメジャーチャンピオンを輩出したアメリカ伝説の指導者、アーネスト・ジョーンズの「スインガー最強論」ついに完結です。

 

ワンダ・モーガン1937年に全英女子を優勝)

“飛距離を出すためには強く叩かなければならないことは事実だが、ただ強く叩くだけでは飛距離は出せない”

 

ここで述べられていることは「スイングの障壁となるもの」の章で述べられている、ボールを強く打撃するためにスイングによってスピードを作り出すことと、スイングの動作ではなくレバレッジの動作のパワーの活用によってボールを強く「ヒット」しようとする試みの違いである。人は出来るだけ強く「スイング」することだ。

 

グラントランド・ライス(既出)

“完璧にヒットするにはタイミングが必要になるが、スイングとはタイミングそのものだ”

 

スムースで次第にその威力を増していくパワーの活用では、クラブヘッドのスピードも次第に増していくはずで、これこそがスイングであることの最大の特徴である。レバレッジの手法ではこうしたパワーの活用を制御することが極めて困難になる。レバレッジには必ず緊迫感が伴い、緊迫感は制御を侮りがちにさせるのである。

 

ジーン・サラゼン1902-1999 ツアー48勝、メジャー7勝の偉大なアメリカ人ゴルファー)

“飛んで曲がらないドライブの主要な本質の一つは、インパクトの直前に左サイドをぴんと張ることだ”

 

スイングにおいて、クラブをバックスイングで後方および上方に移動させる際、両腕および両手が払うように動かされるのに同調してボディは後方にターンするが、この動きはバックスイングにおける右脚の脚力によって主にサポートされていることに気づくはずだ。従い、ダウンスイングで真逆の動きを行う際、この動作が左脚の脚力によってサポートされていることが自然である。ボールが打撃される、あるいはそのほんの寸前のタイミングにおいて左脚が伸ばされ、張り詰めたような状態になるという事実は、単にそのストロークがスイングのアクションによって達成されたという一つの証に過ぎない。インパクト付近でボディを左方向にターンさせる過程で左脚が緩む、あるいは崩れるといった現象は、バックスイング時に右方向への必要充分なターンが行われなかったことを補填するために発生するもので、よってそうしたストロークはスイングではない。

 

ハリー・バードン1870-1937 英国の伝説的ゴルファー。ツアー49勝。全英6勝の記録は未だに破られていない)

“バックストロークが全てだ。もしそれが間違っているならば、ダウンストロークもまた間違ったものになり、ボールが正しくドライブされることはない”

 

これはもちろん私が本書で終始一貫して述べていることであるが、ゴルフのストロークというものは始めから終わりまで留まることなく流れる動作である。スイングのアクションではない方法でストロークが開始された場合、そのストロークが後半に進むにつれてスイングのアクションに発展する可能性は極めて低い。レバレッジが始動に導入されたならば、それはストローク全体に残り続ける。

 

ロバート・T・ジョーンズ・ジュニア(ボビー・ジョーンズ)

“ゴルフストロークの一つの本質的な要素は、どのようなヘッドパスであるかに関わらず、トップオブザスイングからダウン、そしてボールを打ち抜くまでの、スムースで、均一なクラブヘッドの加速である”

 

結局のところ本書を通じて私が説いてきたことは、クラブヘッドをスムースに均一な加速度で加速させる唯一の方法は、スイングのアクションを用いることだということである。

私が思うにロバートが言っていることは、名プレイヤーのアクションを外見上の見地から評価するとしても、ストロークをスイングのアクションとして捉えるコンセプトが完全に一貫しているという点で、クラブを振るための正しい方法についての知的な観察およびコメントであると評するに充分なものである。スイングとはその感性を獲得することによって、誰もが明確かつ積極的にその達成を感知出来ることから、それを身につけようとするもの、あるいはゴルフをプレイしようとする者すべてに相応の技術の向上をもたらすものである。

よってロバートが真実を伝えようとしていることは言うまでもなく、何年にもわたって不都合な状態にもがき苦しんでいる全てのゴルファーにとっても、スイング習得の道を究めようとすることは最もシンプルかつ確実性の高い方法であると私は確信している。スイング以外の方法でクラブを振り回そうとすることに起因する様々なトラブルについての実例の山を本書に掲載していないのもそのためである。ただスイングすることを学ぶこと、それこそが良いゴルフへのより高く遠くへと続く道である。

しかしながら、最後にゴルファーであれば誰もが一度は聞いたことがあるはずのあるアドバイス、すなわち「ボールを見続けろ」というものについて見解を述べておきたい。実際問題として、ゴルファーはボールを見ている。どんな機械や道具を使うにせよ、それによって何かを打撃しようとするのであれば、その対象物を見ているというのが自然である。しかし単にそれを見ているということが、意図したようにそれを打撃出来るということと即座に同じになるわけではない。読者諸君は誰しも、釘や鋲をハンマーで打とうとして失敗した経験があるはずだ。一方でもちろん対象物を見ているということは当然役に立つことも多い。

しかしこれだけは覚えておいて欲しい。ゴルフボールを打つと言う作業において、釘をハンマーで打つ以上の神経を使ってボールを見ておく必要はない。もちろん実際に我々釘を見ているわけだが、われわれは特に釘を打ち終わった直後に、どこか別の方向を見たいという衝動にかられることなく、それを見続けている。もしそれがどこに飛んでいったのかという注意を過度に持たないでいられるならば、釘を打つのと同様にゴルフボールを打撃する間じゅう、我々は楽にそれを見続けることができるはずである。それができなくなってしまう状態を避ける最善の方法は、クラブヘッドのアクションを感知することに、意識して集中することだ。

一方で、もし我々が「ボールを見る」ということを、そうすることが必要なものとして認識した場合、このことがクラブヘッドのアクションに注意を向けることをおろそかにしてしまう可能性がある。ストローク中に「ボールに目を向けておく」ことを確実にしようと考え過ぎるあまり、ボールを打撃する際に見えていなければならない重要な景色を完全に喪失してしまっているプレイヤーを何人も目にしてきた。ボールは見るべきだ。だがそれを儀式のレベルにまでしてしまうことはない。良いプレイヤーのほとんどは、ひとたびポジションを確認してボールに対してアドレスをしたならば、たとえ目をつぶっていても目を開いて打っているかのように遠く真っ直ぐにボールを打撃する事ができる。他の多くのアクションが付随的なものとなるのと同様に、ひとたびスムースでリズム感のあるスイングのルーティンを確立したなら、そのプレイヤーにとってボールを見るという練習は極めて反応的なものになるはずだ。

最後に、良いゴルフとはイージー、つまりプレイすることが簡単で、楽しいものであるということを再度強調しておきたい。ボビー・ジョーンスはかつて”正しく身体の筋肉を使う事は、偉大なパワー、そして無理なく制御ができるパワーを作り出すことにつながる。それらの間違った使い方に希望を見いだすことは出来ない”と言った。「スイング」こそが、最も無理のない、最も簡潔なパワーの制御の活用方法であるという信念に微塵の疑いも存在しないのである。

 

“Swing The Clubhead!”

 

原題:Ernest Jones’ “Swing The Clubhead Method”  完

 

 

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