(本人のツイッターより)

親愛なるブライソン・アルドリッチ・デシャンボー君

まずは素直に心からおめでとうと言いたい。

狂気の科学者とか、理屈っぽいとか変態とかデブとか遅いとか面倒くさいとかこれまでさんざんに言われてきたし、きっとこれからも言われ続けるのだろうけど、今回の結果は君がこれまで続けてきたあらゆる努力が結実したものだろうし、誇りに思うべきものだと思う。

あまり認めたくはないのだけれど、僕がThe Golfing Machineの存在を知ったのも、2016年に君がマスターズでローアマを取ったときの記事がきっかけだったし、ついにはそんな本を日本語に翻訳するハメにまでなったけど、なんだかんだ僕がゴルフ界の片隅にひっそりと生息していられるのも君の存在のおかげだと思っている。

生い立ち

君は1993年9月16日にカリフォルニア州モデストで生まれた。お父さんはタイトリストのアドバイザリープレイヤーだったと言うし、君も小さいときからバスケやサッカーで有望視されていた選手だったというから、スポーツ環境には恵まれていたんだと思う。ワンパクが過ぎてトランポリンで背骨を大けがした後遺症が今でもあるんだってね。ただ、なんでかはわからないけど、君はどうもチームスポーツに向いていない性格だったらしくて、お父さんは君をゴルフの道に進ませるようになる。小さいときから数学系が得意で六歳で代数幾何の勉強を始めたってなんかで読んだけど本当なのかな。

そんな君の子供の時からのコーチが、The Golfing Machineのコーチでベン・ドイル門下のマイク・シャイだったというのも不思議な運命を感じさせるけれども、君が15歳になるまでThe Golfing Machineを読ませなかったというのだから、そのコーチもよく我慢したものだと思う。君はThe Golfing Machineに出会って、自分のゴルフの解析をはじめ、最も理論的に整合性のあるゴルフの方法をコーチと一緒に作り上げてきたのだと思う。マイク・シャイの友人でやはりベン・ドイルのもとでプロになることを夢見ていたデイビッド・イーデルがクラブ職人になっていたのも運命としか言いようがない。

スタイル

たぶん君はもともと飛距離に不自由していなかったのだと思う。そこでどうすれば最もボールが曲がらないかを考えたのだと思う。コックとアンコックの量は少ない方が曲がりづらい。でもそれではチカラが入らないので太いグリップにすることを考えた。プレーンのシフトは少ない方が曲がらない。あるいはクラブの長さの種類が増えることはプレーンの種類が増えるのと同じことなので、クラブの長さをなるべく揃えることを考えた。考えるまでは出来るとしても、実際にそういうクラブを作るのはとても労力のいる話だ。そもそもクラブのヘッドは重量がフローするように設計されているのだから。でもデイビッド・イーデルはそれをやり遂げた。そうして君は、ティーショットの次は7番アイアンの長さのクラブを、異常にアップライトなスイングでどの番手でも同じように操ることで、パーオン率を上げることで好成績を修めていった。

高校生でカリフォルニア州ジュニアを優勝すると、テキサス州のサウザンメソジスト大学に進学して物理学を専攻し、2015年には全米アマチュアと、全米学生(NCAA)選手権の二つを制覇した。同じ年にこの二つを勝ったのは過去に5人しかいない。

そして2016年にマスターズでローアマを取ると、大学が出場停止処分になったこともあって、君はプロに転向することになる。このときにコブラ(プーマゴルフ)と契約してクラブ制作のノウハウを全部コブラに提供したことはあまり良い行いとは思えないけれども、広い視野で見れば単一長アイアンの有効性を問題提起するという点で、大手メーカーと契約を結んだことは悪いことではないとと思う。少しデイビッドが可哀想だけれども。

戦績とデブになった理由

デビュー直後の君の戦績はそれほどパッとしたものではなかった。クラブもフィットしていたようには見えなかったし、パターにいたってはサイドサドルを試して世界中の笑いものになっていたよね。それでも17年頃から少しずつ勝ち始めて、18年にはライダーカップの代表にも選ばれた。成績はさんざんでやっぱりチームに向かないタイプだってことが証明されちゃったけど、それでも少しずつ世話の焼ける君のことを可愛がってくれる人達も出てきた。タイガーやバッバのように。

でも2019年はPGAで勝てなくて、年末から君はある決心をする。筋肉量を増やして、飛距離をアップさせるというものだ。当初は僕も笑ってたんだよ。君の弱点はそこじゃないってね。でも年明けからのコロナの影響もあって、君は筋力と体重の増強を続けて、異次元の飛距離を使って新しいゴルフをすることを考えた。

現在では飛距離が出る選手が増えている。そこでPGAはコースを改修したり、PAR5をPAR4にしたりして、あとはフェアウェイを狭くして、ラフをボーボーにして、グリーンをカチカチのツルツルのボコボコすることでスコアを出せないようにしてくる。でも君は気づいた。いくらフェアウェイからとは言ってもスピンを効かせて打ったところで、250yも先のグリーンでしっかり止めることはそもそも不可能なのだと。それならばたとえラフに行こうとも160yをウェッジで打ったほうが高さでボールを止められるし、風の影響も読みやすいはずだ。ならばドライバーで350y打てるとして、そんなところにバンカーを作るわけはないし、OBではなく、グリーンは狙える落としどころはどこなのかと考えると、実は目標を広く設定出来るのではないか。

結果として今回の全米オープンではこのやり方が的中した。そもそもフェアウェイが狭いので、どうせラフから打つならばなるべくグリーンに近いところでロフトが寝たクラブを持てる方が有利だし、スイングもアップライトな方が入れやすい。解説者が「ここではスプーンなんですね」とか言ってたけど、トータルの距離ではなくて最もゴルフ場を広く使えるマネジメントを考えた結果ティーショットで使う番手が変化しただけのことだと思う。他の選手がフェアウェイをキープしたいと考えた中、全く別のことを考えた君の方が精神的に余裕を持ってゴルフを出来ただけだ。

これまでのところ、君のやり方は成功しているし、これからもある程度成功するだろう。これ以上「正確性に優れる」選手を有利にするセッティングは出来ないだろうし、君が正確性で劣るわけでもない。君の筋力がそのまま飛距離に結びついたのは君が「ヒッター」だからだけど、そのことについてはまだ別の機会に僕の考えを話そうと思う。

最後に

君の発想が成功したのは、たぶん君がこれまでの長いゴルフの歴史の中でわかってきた事実に精通したからだと思う。クリエイティブであること、あるいは新しい発想を生み出すことの原点は、それまでに誰が何をやったのかを見直すことだと僕は思う。おそらく君や、君のスタッフ達はそれを着実にやってきたのだ。

最後に僕が昔読んだ本に載っていたエピソードを引用したい。

めったに与えられない黒帯をとうとう受け取れることになった武道家が、師範の前にひざまずいた。何年にもわたる苦しい修行によって、ようやく、頂点に立つことができるのだ。

「黒帯を受け取る前に、もうひとつ、最後の試練がある」と、師範が言った。

「準備はできています」と武道家は答えた。もう一回、試合をすることになるのだろうと考えていた。

「大切な質問に答えてもらわなければならん。黒帯の本当の意味は何なのか」
「旅の終わりです。これまでの厳しい修行に対する当然の褒章です」

師範は押し黙っていた。この答えに満足していないようすだった。しばらくたって、師範は口を開いた。「まだ、黒帯を与えるわけにはいかないようだ。一年後にきなさい」
一年たって、武道家は再び師範の前にひざまずいた。

「黒帯の本当の意味は何なのか」
「武道で卓越した技を持ち、頂上に達したことを示すものです」

師範は押し黙って、それに続く言葉を待っていた。この答えにも満足していないようすだった。しばらくたって、師範は口を開いた。「まだ黒帯を与えるわけにはいかないようだ。一年後にきなさい」
一年たって、武道家はまた師範の前にひざまずいた。師範は同じ質問を繰り返した。「黒帯の本当の意味は何なのか」
「黒帯は出発点です。常に高い目標を目指して、終わることなく続く修行と稽古の旅の出発点です」
「そうだ。ようやく黒帯に値するようになったようだ。修行はこれからはじまる」

全米アマと全米学生と全米オープンを勝ったのは、君の他にジャック・ニクラスとタイガー・ウッズしかいないそうだけど、この二人に比べたらまだまだ君のキャリアなんて赤ん坊みたいなものだ。

偉大なる旅の出発点に立てたことを、同じThe Golfing Machineを信奉する者としてもう一度心から祝福したい。

おめでとう。

 

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